世界ただ一人の独裁者・ブッシュが始めた戦争に反対する。
森村誠一
このイラク戦争ほど、アメリカ大統領の凄まじい権力をみせつけたものはない。9・11のNYテロ以来、国際テロリストをめぐって世界の情勢は目まぐるしく変わったが、「アメリカの正義」による国際テロに対する報復が、その中軸にある。そしてイラクはアメリカの正義の天敵として、「悪の枢軸」の一つに挙げられた。
アメリカ大統領は世界で最も巨大な権力を握る人間である。彼が鷺(さぎ)を鴉(からす)と呼べば鴉となり、黒を白とすれば白となる。大統領をめぐって複雑な政・財界の事情や国際情勢があるとしても、このイラク戦争は、ブッシュが止めようと唱えれば起きなかった戦争であることは確かである。
国家、宗教、民族等の複雑なイデオロギーの対立を考える必要はない。ブッシュが、この戦争は止めよう、あるいは延期しようと言えば、イギリスやスペインが単独で開戦することはありえなかった。国連決議を経ずに、世界の大多数が反対している戦争を、要するにブッシュ一人がごり押しして、これにイギリスやスペインや、好戦的な勢力が追随して始められた戦争である。
そもそもブッシュはゴアと争い、再投票によって僅差で大統領になった人物である。決定票となった最後の票数も、果たして信頼できるかどうかわからない。つまり、アメリカ国民の半数が支持しなかった大統領である。
同時多発テロの実行組織として疑われるアルカイダとイラクを結びつける決定的な証拠はない。また国連査察によっても、イラクが大量破壊兵器を所持していたという明確な証拠は発見されていない。それにもかかわらず、ブッシュは開戦に踏み切った。
フランス等が主唱した査察期間の延長をねじ伏せて、なぜ早期開戦をしたのか。イラクが延長期間中に大量破壊兵器を横流ししたり、先制攻撃をかけるはずがないではないか。またそんなことをしたら、ブッシュの思う壺にはまる。いくらフセインが血迷っても、そんな愚を冒すはずがない。その期間中は、イラクは身動きできないのである。
それにもかかわらず、ブッシュは強引に戦争を始めた。もちろん2004年の大統領選を視野に入れての開戦である。それまでにイラクを片付けて、選挙戦を有利に進めたいというブッシュの個人的な事情である。
仮に、世界の大半が戦争を求めたとしても、ブッシュがノーと言えば、アメリカ抜きでこの戦争はあり得なかった。ブッシュ一人が始めた戦争がなければ、彼我の戦闘員を含む多数の死者は、死なずにすんだのである。ここにアメリカ民主主義の病的な奇形がある。
いま、世界はアメリカ民主主義という名前の世界最強の独裁者によって操られ、脅かされている。ブッシュは自由国家のコートをまとっているが、フセインやヒトラーやスターリンに勝るとも劣らぬ独裁者である。むしろ民主主義のシュガーコートをかけているだけに怖い。ブッシュにとって多数の人命よりも、選挙の方が重要なのである。
彼が真にこの戦争を始めた責任を感じているのであれば、次期選挙に立つべきではない。失われた命はもはや償えない。だが、アメリカ大統領と、これを選ぶアメリカ民主主義はこれからも世界を支配する。
2003/3/27
森村誠一:
昭和8年、埼玉県熊谷市生まれ。熊谷商業高校から青山学院大学文学部英米文学科に進む。青山学院大学卒業後、9年間のホテル勤務を経て、本格的に作家活動を開始。昭和44年、「高層の死角」で江戸川乱歩賞を受賞。昭和47年、「腐蝕の構造」で日本推理作家協会賞を受賞。発表の翌年に映画化され大きな話題を巻き起こした「人間の証明」(昭和51年)と翌年の「青春の証明」、「野生の証明」の「証明」三部作の刊行により、現代日本を代表する推理小説作家としてその地位を確立した。その後も今日に至るまで、推理小説の分野にとどまらず歴史・時代小説、ノンフィクションなどへも作品の幅を広げながら、精力的に執筆活動を展開し、作家活動も40年を迎える。
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